絵画に咲く花をたどって ― ゴッホ《花咲くアーモンドの木の枝》

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花咲くアーモンドの木の枝
アーモンドの花をモチーフにした絵画といえば、ヴィンセント・ファン・ゴッホの《花咲くアーモンドの木の枝(Almond Blossom)》がよく知られています。
この作品は1890年、ゴッホの弟テオに子どもが生まれたことを祝って描かれたもので、誕生した甥には自身の名前「ヴィンセント」がつけられました。

Vincent van Gogh, “Almond Blossom”, 1890. Van Gogh Museum, Amsterdam. Public Domain.
出典:Vincent van Gogh, Blossoming Almond Branch in a Glass, 1890. Van Gogh Museum, Amsterdam. Public Domain.
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ゴッホは精神を病んでいたことでも知られていますが、この絵を描いた当時、彼は南フランスの精神病院で療養生活を送っていました。
ゴッホ特有の力強い筆づかいでで糸杉や夜の風景を描いていた時期にあたります。
そんな中で描かれたこのアーモンドの絵だけは、驚くほどやわらかなタッチで表現されており、明るい青空に向かって咲く枝が、「春の到来」と「新しい命の始まり」を象徴していると言われています。
アーモンドの木は、冬の名残がまだ残る頃、他の花に先がけていち早く咲くことから、ヨーロッパでも「春の訪れ」や「希望」の象徴として親しまれてきた花です。
余談:ゴッホが描いたアーモンドの花
アーモンドの花を知らなかった私は、この絵を初めて見たとき、ずっと桜を描いたものだと思っていました。
のちにこの作品のタイトルを知って、「アーモンドってこんなに桜に似た花を咲かせるんだ」と驚いたのを覚えています。
- アーモンド(扁桃)- Almond
- アーモンド(扁桃)- Almond
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実は、アーモンドの木が身近にあることを知ったのは2年ほど前のこと。
ただ花の咲く時期とはなかなかタイミングが合わず、今年ようやく、開花に合わせて出会うことができました。(少し見頃は過ぎていましたが)
そしてこの春、満開のアーモンドの木を見上げたとき、ゴッホがこの花に惹かれた理由に、少しだけ近づけたような気がしました。
ゴッホは浮世絵の大ファン
ちょうどこの頃、ヨーロッパでは「ジャポニズム(日本趣味)」とも呼ばれる、日本文化への関心が高まっていました。
浮世絵や工芸品が多くの芸術家に刺激を与え、いわば「日本ブーム」とも言える時代です。
ゴッホ自身も、そうした影響を受けた一人で、日本の浮世絵を積極的に作品に取り入れていました。
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《花咲くアーモンドの木の枝》も、背景を省き、澄んだ空に花の枝だけが浮かぶような構図は、浮世絵にインスピレーションを受けたためです。
空間の余白を活かし、枝ぶりそのものを主役に据える描き方に、私自身も、ゴッホを通して日本の美を改めて見つめ直すことができました。
All my work is based to some extent on Japanese art…
Vincent to Theo from Arles, 15 July 1888
(私のすべての作品は、ある程度、日本の芸術に基づいています…
ー ヴィンセントからテオへ アルルより、1888年7月15日)
ゴッホが描いたもう一つのアーモンド
《花咲くアーモンドの木の枝》のほかにも、ゴッホはアーモンドの花をいくつか描いています。
その中のひとつが、《グラスに入れた花咲くアーモンドの枝(Blossoming Almond Branch in a Glass)》です。

Sprig of Flowering Almond in a Glass
出典:Vincent van Gogh, “Sprig of Flowering Almond in a Glass”, 1888. Van Gogh Museum, Amsterdam. Public Domain.
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ガラスの花瓶に一枝だけ生けられたアーモンドの花は、柔らかな光を浴びて、とても静かでおだやかな印象を与えます。
画面に横一本に引かれた赤い線は、背景に溶け込みながらも、どこか強く印象に残ります。
その赤は、どこか、日本の伝統色の「朱色」を思わせるような色合いです。
ゴッホは、その色を自身のサインにも使っており、そこに日本への愛を感じます。
この赤が生命を意味しているのか、あるいは何か深い意味が込められているのかはわかりませんが、どの作品にも共通しているのは、春を迎えるよろこびと、新しいスタートという明るい希望のようなものです。
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《花咲くアーモンドの木の枝》が遺したもの
この絵が描かれたおよそ半年後、ゴッホはこの世を去りました。
その死因については諸説ありますので、ここでは深く触れませんが、《花咲くアーモンドの木の枝》は、彼の家族によって一度も手放されることなく、現在でも大切に受け継がれています。
現在この作品は、ゴッホの甥フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホによって設立された、オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館に収蔵されています。
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アーモンドの花をきっかけに出会った、この一枚の絵のストーリー。
新しい命の誕生を祝って描かれたこの作品は、ゴッホというひとりの画家の人生のなかで、とても穏やかで、あたたかな光が宿る一枚だったことを知り、私のなかでもさらに特別な存在となっています。
《参考情報》
ゴッホ美術館 オンライン書簡アーカイブ
Vincent van Gogh Letters – Van Gogh Museum
※引用文の日本語訳は、原文に基づき記事の文脈に合わせて意訳しています。